主に「セットポジション」の更新情報をお知らせしているワトソン君のメイン・ブログです。
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Posted by ワトソン君 - 2008.08.15,Fri

「全日本野球会議」ができたのは199何年だっただろうかと、Wikipediaを覗いてみたら、ぶっ飛びました。

http://ja.wikipedia.org/wiki/全日本野球会議

日本の野球界は明治期にプロ・社会人・学生・軟式野球の4組織がそれぞれ独立して組織された。また、戦後もそれぞれが独立して運営され、発展してきたという歴史的な経緯があり、

明治期にプロ! そんな話は聞いたことがありませんけど…。日本最初のプロ球団は1920年(大正9年)の日本運動協会(芝浦協会)であり、現在の読売ジャイアンツに連なる大日本東京野球倶楽部の結成は1934年(昭和9年)です。

また、全日本軟式野球連盟のWebサイトには次のように記述されています。

http://www.jsbb.or.jp/outline/index.html

大正8年糸井浅次郎、鈴鹿栄両氏は少年に適し硬式のように危険がなく、しかも少年たちに野球の指導が容易にできるボールにしたい着想から研究努力した結果、現在使用されているボールが誕生し

これを信じる限り、明治期には軟式ボールそのものが存在しなかったと思われますので、軟式野球の組織もなかったに違いありません。

ついでに言えば、都市対抗野球大会は1927年(大正2年)に始まっています。日本野球連盟の前身・日本社会人野球協会は戦後にできた組織であって、戦前の都市対抗は毎日新聞社が単独で主催していました。明治期に社会人野球の組織があると言うのなら、何年にどういう名前の団体ができたのかぜひ教えてほしいものです。

学生に関してはいささか微妙です。東京六大学は大正末期に発足していますが、明治時代にはすでに早慶の定期戦がおこなわれています。「組織」ではなかったにせよ、その萌芽は認められます。

まあ、高校については、日本高野連の前身・全国中等学校野球連盟が設立されたのは戦後であって、戦前はやはり新聞社の(単独)主催です。明治期にはまだ「組織」と呼べるものはなかったのではないかと思われます。


このエントリーは「大会回数早見表」のページと連動させます。

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Posted by ワトソン君 - 2008.08.14,Thu

「セットポジション」は2000年8月に開設しました。この夏で8周年になります。開設日としては00/08/23を用いていますが、これは最初にアップロードした日付です。一部で作成日がこれ以前の日付になっているページがあるのは、ワープロ専用機の文書をDOS変換してHTMLファイルに置き換えた日付を使っているからです。

8年という歳月は生身の人間にとってはそう短いものではなく、「セットポジション」も今では古参サイトと呼ばれるようになってしまいました。

現在のドメインを取得したのがちょうど3年前です。ドメインは10/08/17まで、レンタルサーバは10/08/27まで契約期間が残っていますので、あと2年間は(たとえ更新しなくても)今のアドレスで接続できることになります。

ところで、「2ちゃんねる」の北信越スレに次のような軽妙なやりとりがありました。

http://sports11.2ch.net/test/read.cgi/hsb/1214375160/l50

628 :名無しさん@実況は実況板で:2008/08/13(水) 21:56:23 ID:5WWbpLFA0
負商の所在地 松本市ごと岐阜県に越県合併を申し出てみましょう
そうすれば我が長野県そして北信越から常連負けチームがいなくなります
岐阜県様 譲ります アルプスを超えたダイナミックな案ですが
岐阜県が受け入れてくれるかどうか

629 :名無しさん@実況は実況板で:2008/08/13(水) 22:08:34 ID:8+ZND1GvO
>>628
岐阜県側から交換条件として県岐阜商のある岐阜市を引き取ってくれとのことです。

632 :名無しさん@実況は実況板で:2008/08/13(水) 22:19:48 ID:5WWbpLFA0
>>629想定外の突っ込み 参りました 廃案にさせて頂きます

トレード?を打診された両校の最近の成績(夏)は次のとおりです。

【松商学園】
75年:3●5東海大相模
76年:0●1PL学園
77年:0●7福井商
78年:0●6天理
79年:2●9池田
80年:0●2高知商
86年:4●8鹿児島商
91年:6○2岡山東商/8○3八幡商/4○3四日市工/2●3星稜
92年:0●5近大付
93年:2●3長崎日大
97年:3●4西京
99年:3●6尽誠学園
00年:14○4岩国/5○4宇都宮学園/3●11樟南
05年:1●4沖縄尚学
07年:3●9近江
08年:4●6慶応

【県岐阜商】
82年:0●4東洋大姫路
84年:2●11明徳義塾
85年:5●7甲西
86年:3○0西日本短大付/1●4鹿児島商
87年:2○0広島商/7●9東海大山形
89年:0●4佐賀商
92年:3○2鹿児島商工/1○0熊本工/0●1東邦
95年:0●3星稜
96年:4○3防府商/4●11PL学園
97年:4●8平安
99年:2●9智弁学園
04年:3●6遊学館
06年:1●4智弁和歌山

まあ、くじ運もあるのでしょうが、たしかに近年は奮わない両チームです。私の印象では高松商もこの部類に入りますが、最近はお目にかかれなくなりました。

【高松商】
76年:3●5銚子商
77年:2●6東邦
78年:0●1仙台育英
79年:4●5明野(茨城)
80年:1●8横浜
83年:1●2宇都宮南
96年:9○3浦和学院/1●5熊本工

私が「セットポジション」を始めた00年当時、こうしたデータをWebから呼び出すことはできませんでした。周囲が変われば、「セットポジション」も変わらざるを得ません。

=08/08/26追記=

昨日付で、「連続初戦敗退・連続初戦突破」のページから「地区別勝利数の推移」の項を削除しました。10年刻みでしたので、直接的に他サイトとかぶってはいませんでしたが、毎年更新するのも面倒です。

Posted by ワトソン君 - 2008.08.03,Sun

3日目第2試合で本荘が負ければ、秋田は11年連続初戦敗退となります。連続した年数の初戦敗退記録は青森の11年連続です。

  • 1978年 青森北4●8熊本工大
  • 1979年 弘前実1●4大分商
  • 1980年 弘前工0●5熊本工
  • 1981年 東奥義塾0●5鳥取西
  • 1982年 木造0●7佐賀商
  • 1983年 八戸工大一2●8中津工
  • 1984年 弘前実0●9唐津商
  • 1985年 八戸0●3川之江
  • 1986年 三沢商0●7甲西
  • 1987年 八戸工大一4●5池田
  • 1988年 弘前工4●8宮崎南
  • 1989年 弘前工5○1石川/1●2仙台育英

1978年から1県1代表になっていますので、1973年(記念大会)の青森商(0●6天理)と1970年の五所川原農林(0●4岐阜短大付)を加えると、実はこの間の青森はノーヒットノーランなど8完封を含む13連続初戦敗退なのですが、11連続初戦敗退はこれ以外に前例がありません。

「連続初戦突破と連続初戦敗退」のページは、全出場校が出揃う8日目以降に「連続…」関係を更新し、大会終了後に残りの「最近の上位進出」等を更新することになります。

Posted by ワトソン君 - 2008.07.31,Thu

「選手権大会出場校監督の出身大学」のページを定期更新しました。最多は早大の4人で、日体大、日大、龍谷大が3人でした。

40歳にして山口大に通って教員となったという下関工の田村監督が異色です。氏は、(旧)田辺製薬の軟式野球部で監督経験があるようです。

飯塚の吉田監督は、江川の作新学院に5人内野をやったときの柳川商(当時)のショートだったようです。1975年に八幡大(当時)は大学選手権ベスト4に入っています。2年生のはずですから、レギュラーだったかどうかは未確認ですが…。

実は、「…出身大学」のページを毎年更新しながら、ずっと不思議に思っていたのが八幡大→九州国際大でした。九州では一番強かった時代が長いわりには、誰も出て来なかったからです。今年はもう1人、宮崎商の浜田監督も九国大です。

大学は出ていませんが、やはり私は鹿実の宮下監督に触れておきたいと思います。1995年都市対抗決勝戦は、同点で延長10回裏を迎えました。内野安打、送りバント、敬遠で一死一・二塁となり、抜けると思われた打球に飛びついたのが小柄なセカンドでした。

それはスーパーキャッチと呼んでもいいプレイだったのですが、二塁走者はサヨナラのホームを駆け抜けました。なぜなら、小柄なセカンドが悪送球したからです。

「抜ける!→捕った!→悪送球!」――時間にすればほんの数秒の間に、局面は二転したのでした。結局、打者にはヒットが記録されましたが、二塁走者の得点に対しては宮下の失策が記録されたわけです。

1チーム以外は負けて終わるトーナメントでは、そういう経験を持つ監督のほうがいいに決まっていると私は考える次第です。

Posted by ワトソン君 - 2008.07.29,Tue

次の記事に関して、なぜ全日本アマチュア野球連盟が抗議するのかというご質問を頂戴しました。

http://www2.asahi.com/olympic2008/news/TKY200807280364.html

 北京五輪の野球で、延長11回以降は無死一、二塁から攻撃を開始するタイブレーク制を導入すると国際野球連盟(IBAF)が発表した問題に関し、全日本アマチュア野球連盟は28日までに、IBAFに電子メールで抗議文を送付した。
 抗議文は、タイブレーク制導入までの事前協議がなかったことや、ルール変更の経過が不透明といった内容。全日本アマチュア野球連盟の後(うしろ)常任理事は「タイブレーク導入に関する妥当性に強い疑念を感じている。再考を求めたい」と話した。

オリンピックを開催するのはIOCです。JOCに加盟している野球の競技団体が「全日本アマチュア野球連盟」なのです。この組織に実体はありません。アマチュア野球全体を統括する組織ではないという意味です。バルセロナ五輪で公式競技になったとき、便宜的につくられただけの存在です。

IBAFに加盟しているのも「全日本アマチュア野球連盟」です。IBAFに抗議するなら、窓口はここしかありません。選手がオールプロであろうと、対外的な交渉窓口となるのはアマ側です。

ちなみに、日本野球連盟(社会人野球)は体協に加盟していますが、学生野球協会(大学野球連盟プラス高野連様)は非加盟です。この複雑さが野球の世界です。

まあ、私は別に抗議する必要はなかろうと思っていますけど…。タイブレークは(トーナメント戦では)あったほうがいい制度です。どのチームも条件は同じです。北京でタイブレークが見られるとしても1試合かせいぜい2試合です。過剰反応としか思えません。


このエントリーは「一死満塁の攻防」とリンクさせます。まだIBAFルールの記録の扱いがわかりませんし…。

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