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主に「セットポジション」の更新情報をお知らせしているワトソン君のメイン・ブログでした…。
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Posted by - 2017.06.29,Thu
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Posted by ワトソン君 - 2008.08.19,Tue

大阪桐蔭が優勝しましたので、ウラも決まりました。昨年の倉吉農に続いて、今年はお隣・島根の出雲農林でした。実は昨日、91年~07年ウラ優勝校の今年の予選成績を加えたついでに、次のように書き添えていました。

08年は
常葉菊川Vなら、開星12-1大社8-4益田東9-0邇摩4-0益田翔陽10-0出雲農林
大阪桐蔭Vなら、香川西3-1高松商10-0高松高専8-1高松中央13-9高松6-3香川中央

更新情報は出さずにこっそり追加しておいたのですが、ご指摘のメールが2通ありました。本当は逆だったのです。準決勝のスコアが同じ9対4だったので、たどり方を間違ってしまいました。失礼しました。

過去の戦績を調べてみると、出雲農林は02年には江の川に勝ったことがあります。江の川は翌年の本大会ベスト4です。

06年ウラVの岩泉田野畑は大東高校(一関市)に2度負けていますが、出雲農林は大東高校(雲南市=旧大東町)に2度勝っています。大阪府立大東高校(大東市)は南寝屋川高校と統合されて緑風冠高校になっているようです。

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Posted by ワトソン君 - 2008.08.16,Sat

1968年夏終了時の都道府県別春夏通算勝率は次のとおりです。

山形   0-13 .000
福島   2-11 .154
滋賀   3-16 .158
石川   5-17 .227
鹿児島  9-28 .243
佐賀   7-19 .269
茨城   7-18 .280
福井  13-32 .289
山梨   6-14 .300
青森   7-16 .304

1969年春の1回戦で三沢高校は小倉高校を4対2で破りました。これで青森は8勝17敗の.320となり、テイクオフを果たします。同年夏の三沢は4勝しましたので、この時点では12勝18敗の.400で、なんと27位です。前後は静岡、東京、群馬、奈良、青森、大分、宮城という並びになります。

これをピークにして青森は暗黒時代に突入し、やがて“3番目に弱い県(45位)”に定着します。流れを変えたのは1999年夏の青森山田(ベスト8)と翌2000年夏の光星学院(ベスト4)でした。00年夏には23勝50敗の.315で一気に39位まで駆け上がったのですが、38位の石川は.355でした。

以後、コンスタントに勝ち星を積み重ねてこの大差を縮め、ようやくこの夏に秋田を抜いて38位となりました。テイクオフまで、あと0.5ゲーム差です。09年春に青森がテイクオフを果たすための条件は、青森が1勝1敗で石川が出場せず(初戦敗退も可)、秋田が1勝以下のときです。青森が出場せず、石川が初戦敗退で、秋田が初戦敗退か出場なしでもテイクオフです。

というわけで、「いつか、テイクオフ」のページを定期更新しました。

Posted by ワトソン君 - 2008.08.03,Sun

3日目第2試合で本荘が負ければ、秋田は11年連続初戦敗退となります。連続した年数の初戦敗退記録は青森の11年連続です。

  • 1978年 青森北4●8熊本工大
  • 1979年 弘前実1●4大分商
  • 1980年 弘前工0●5熊本工
  • 1981年 東奥義塾0●5鳥取西
  • 1982年 木造0●7佐賀商
  • 1983年 八戸工大一2●8中津工
  • 1984年 弘前実0●9唐津商
  • 1985年 八戸0●3川之江
  • 1986年 三沢商0●7甲西
  • 1987年 八戸工大一4●5池田
  • 1988年 弘前工4●8宮崎南
  • 1989年 弘前工5○1石川/1●2仙台育英

1978年から1県1代表になっていますので、1973年(記念大会)の青森商(0●6天理)と1970年の五所川原農林(0●4岐阜短大付)を加えると、実はこの間の青森はノーヒットノーランなど8完封を含む13連続初戦敗退なのですが、11連続初戦敗退はこれ以外に前例がありません。

「連続初戦突破と連続初戦敗退」のページは、全出場校が出揃う8日目以降に「連続…」関係を更新し、大会終了後に残りの「最近の上位進出」等を更新することになります。

Posted by ワトソン君 - 2008.07.31,Thu

「選手権大会出場校監督の出身大学」のページを定期更新しました。最多は早大の4人で、日体大、日大、龍谷大が3人でした。

40歳にして山口大に通って教員となったという下関工の田村監督が異色です。氏は、(旧)田辺製薬の軟式野球部で監督経験があるようです。

飯塚の吉田監督は、江川の作新学院に5人内野をやったときの柳川商(当時)のショートだったようです。1975年に八幡大(当時)は大学選手権ベスト4に入っています。2年生のはずですから、レギュラーだったかどうかは未確認ですが…。

実は、「…出身大学」のページを毎年更新しながら、ずっと不思議に思っていたのが八幡大→九州国際大でした。九州では一番強かった時代が長いわりには、誰も出て来なかったからです。今年はもう1人、宮崎商の浜田監督も九国大です。

大学は出ていませんが、やはり私は鹿実の宮下監督に触れておきたいと思います。1995年都市対抗決勝戦は、同点で延長10回裏を迎えました。内野安打、送りバント、敬遠で一死一・二塁となり、抜けると思われた打球に飛びついたのが小柄なセカンドでした。

それはスーパーキャッチと呼んでもいいプレイだったのですが、二塁走者はサヨナラのホームを駆け抜けました。なぜなら、小柄なセカンドが悪送球したからです。

「抜ける!→捕った!→悪送球!」――時間にすればほんの数秒の間に、局面は二転したのでした。結局、打者にはヒットが記録されましたが、二塁走者の得点に対しては宮下の失策が記録されたわけです。

1チーム以外は負けて終わるトーナメントでは、そういう経験を持つ監督のほうがいいに決まっていると私は考える次第です。

Posted by ワトソン君 - 2008.07.29,Tue

「連続出場・復活出場」のページを定期更新しました。07年まで、連続出場が途絶えていた地区は次のとおりでした。

  • 宮崎(63-64宮崎商)
  • 静岡(68-69静岡商)
  • 北北海道(76-77釧路江南)
  • 新潟(85-86中越)
  • 滋賀(88-91八幡商)

このうち静岡は常葉菊川、北北海道は駒大岩見沢、滋賀は近江が連続出場を果たしましたので、上位?の顔ぶれは次のように変わりました。

  • 宮崎(63-64宮崎商)
  • 新潟(85-86中越)
  • 沖縄(90-91沖縄水産)
  • 三重(93-94海星)
  • 岐阜(95-97県岐阜商)
  • 鳥取(96-97八頭)

宮崎がひときわ輝いて?います。今年の決勝は宮崎商と連覇を狙う日南学園の対戦でした。宮崎商は「県内唯一の連続出場校」の称号を自力で守ったわけです。

ヾ(- -;)
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