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主に「セットポジション」の更新情報をお知らせしているワトソン君のメイン・ブログです。
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Posted by ワトソン君 - 2008.05.19,Mon

「セットポジション」には「こんなとき、どう記録しますか?」というページがあります。もともとは、このページが「セットポジション」の“先頭打者”でした。このうち「盗塁2」を「守備側無関心の“盗塁”」と題して分割しました。

07年までの10.08(g)と08年の10.07(g)を両方とも掲載しました。新10.07(g)には「戦術的動機」との文言が使われているのですが、これは適切でないような気がします。

08年版 『公認野球規則』

10・07(g)【原注】 <略>
たとえば、走者一・三塁で、一塁走者が二塁を奪おうとした場合、もし、守備側に戦術的動機があった――すなわち、二塁への送球の間に三塁走者が本塁へ突入するのを防ぐため、一塁走者の進塁にはこだわらなかった――と記録員が判断すれば、通常は盗塁を与えるべきである。<略>

「戦術的動機が認められるときは盗塁」と読めてしまうのですが、戦術的動機が背景にあるからこそ走者の進塁に対して関心を払わないのですから、この文章では、常に盗塁を記録することにしかなりません。

関連ページ
 → 「3代目んだ」(守備側無関心)

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Posted by ワトソン君 - 2008.05.16,Fri

 「勝ち投手は誰だ?」のページは01年七大戦決勝をネタにしています。先攻の京大は4回に3点先制し、続く5回に1点を追加しました。京大の先発投手は4回で退き、5回から1イニングずつの継投でした。

まあ、舞台が東京ドームですから、できるだけ多くの投手に登板機会を与えようということだったのでしょう。4回で退いた先発投手には勝利投手の権利はありません。5回以降に登板した投手のうち4人は無失点であり、しかも3者凡退でした。

こうした場合、救援投手の中でもっとも早く登板した2番手投手に勝利投手を記録するのがオーソドックスな考え方です。ただし、2番手投手が投げた5回裏の阪大の攻撃は7番から始まり9番で終わる下位打線でしたので、私は1番から3番までを9球で片付けた3番手投手を勝利投手にしました。

08年野球規則の“改正”は、第10章については12項目と発表されていますが、実際にはもっと多くあるようです。旧10.19(新10.17)は単に条項番号が繰り上がっただけでなく、規則本文も“改正”されていました。

「試合の流れ(スコアも含む)の中で試合を決定づけるアウトを奪うこと」というこれまでなかった文言が挿入されています。実に迷惑な話です。改正したなら改正したとちゃんと言えばいいのです。

「セットポジション」ではもともと第10章からの引用がもっとも多いわけですので、しばらくの間、第10章を従来の規則と比較する作業に乗り出さざるを得ません。

Posted by ワトソン君 - 2008.05.11,Sun

JOCのWebサイトには次のような記述があります。

http://www.joc.or.jp/sports/baseball.html

オリンピックでの野球は、1904年の第3回セントルイス大会から8回、デモンストレーション・スポーツとして試合がありました

これに対して、「Wikipedia」の記述は次のとおりです。

http://ja.wikipedia.org/wiki/野球競技_(夏季オリンピック)

夏季オリンピックにおける野球競技は、1912年のストックホルムオリンピックで公開競技として初めて実施された。

さて、真実はいかに? まあ、JOCさんがセントルイスをカウントしている以上、“百科事典”としてはこれを無視できないだろうと思えますが…。

1964年東京オリンピックの開会式は旧「体育の日」の10月10日です。当日の夜、甲子園球場では日本シリーズ第7戦がおこなわれています。JOCのサイトによれば、東京五輪の野球競技に日本は参加していないようですが、それならどことどこがやったのかという疑問も生じてきます。

Posted by ワトソン君 - 2008.05.08,Thu

たまたま目に止まったのですが、昔の新聞に次のような記事がありました。

1939年4月23日付『大阪毎日新聞』

日本野球連盟では今回左に掲ぐるが如く米国大リーグの改正ルールを5月からのリーグ戦より採用する<略>ことになつた
<略>
米国リーグ改正規則
一、犠牲飛球 無死または一死で打者の飛球で走者が生還した場合は打者に犠打を与へる(従来は犠打とせず)
一、盗塁記録に関する変更 走者が盗塁を企てスタートした後に投手のボーク、暴投、捕手の逸球があつた場合は走者の積極的攻撃態度に対して盗塁記録を与へる
一、生還打記録 打者の打つた葡球により併殺を喫しその間に生還した場合は生還打を与へない
一、長打記録 長打を放つた打者が二塁、三塁をオーヴァ・スライドした場合は二塁なれば単打、三塁なれば二塁打とされる
一、投手成績に関する規則 打者のカウント0-2、0-3、1-2、1-3、2-3で投手が交代した場合その打者が一塁に達した際は最初の投手の責任となり、またその打者を退けた際は救援投手の記録となる然しカウント2-2の場合は結果の如何に拘らず救援投手の記録となる

 (は判読不能です。まず間違いなく「の」でしょうけど…)

ペナントレース途中の5月からいきなり改正するというのもいささか驚きですが、当時も今も“ポチ”であることに変わりはなく、ご主人様の意向を速やかに汲み取るなら、そういうことにしかならないわけです。

犠飛については、その後も変遷があります(いったん廃止されて、また復活しています)。「fj.rec.sports.baseball FAQ」には次の記述がありますが、どうやら4月22日に5月から改正すると発表されただけのようです。

http://cgi.sainet.or.jp/~nishizak/baseball_faq/scorer.html#Q2-9

1939.4.21 まで: 犠飛なし。
1939.4.22-1940: 犠飛あり。初めて適用されたのが1939年5月5日か?

走者が盗塁のスタートを切ったあとにボークが起きた場合の記述は、現行の『公認野球規則』にはありません。むしろ、ボークを記録するように読めます。

また、打席途中の投手交代については、1939年改正規則では上記ボールカウントの場合、安打でも最初の投手の責任になるように読めますが、現行規則では四球のときだけ最初の投手の責任となります。

併殺打の際には打点を与えないことと長打の記録は現行規則と同じです。

Posted by ワトソン君 - 2008.05.06,Tue

質問シリーズ!第4弾です。

スポーツ報知>2回途中0―66、試合放棄申し出る 埼玉県大会
http://hochi.yomiuri.co.jp/baseball/hs/news/20080416-OHT1T00045.htm

 熊谷公園球場で15日に行われた高校野球春季埼玉県大会北部地区予選1回戦、進修館―川本戦で、川本が0―66の2回裏1死から試合を放棄する出来事があった。試合は規定により、進修館が9―0で勝利した。けがなどによる部員不足での試合放棄の例があるが、申し出による試合放棄は極めて異例の事態だ。
 川本は先発投手を含む2人が正式部員で、他部からの助っ人を集めて今大会に出場。初回に26失点、2回は1死までに40失点していた。先発投手の球数が250を超えたため、健康上の理由から飯田貴司監督が大会本部に試合放棄を申し出た。
 飯田監督は「このペースだと4回で500球近く投げることになる。他の選手も集中力を欠くことで、けがの危険性があった」と苦渋の決断だったことを説明した。

このようなケースの個人記録はどうなるのか、というご質問でした。

『公認野球規則』10.03(e)(2)

 試合が正式試合となった後に、フォーフィッテッドゲームになった場合は、試合終了となるまでに記録された個人およびチームの記録を、すべて公式記録に算入する。
 フォーフィッテッドゲームによって勝ちを得たチームが、相手チームよりも多くの得点を記録していたときには、10・17の規定に従って投手に対する勝投手、敗投手を決定して、公式記録に算入する。
 フォーフィッテッドゲームによって勝ちを得たチームの得点が、相手チームの得点よりも少ないか、等しかった場合には、投手に対する勝投手、敗投手を記録しない。
 試合が正式試合となる前にフォーフィッテッドゲームになった場合、すべての記録は公式記録に算入しない。このさいは、フォーフィッテッドゲームとなった事情を報告する。

今回の場合、2回裏途中で没収試合(『公認野球規則』には「放棄試合」との言葉はありません)になっていますので、正式試合として成立していません。したがって、個人記録はすべてパーになります。

2回裏一死ですから4アウトです。66点を足して打者70人になります。没収時点で塁上の走者がいたかもしれませんし、1回裏は3者残塁だったかもしれません。可能性としては最大76人です。2回途中で、ほぼ打者8巡したことになります。

ちなみに、私は(幸いにも)大差の試合には遭遇していません。1回裏に10点入った試合があって、やはり先攻チームは本来の部員が9人に満たないチームでした。不安(期待?)を抱いていたのですが、後攻チームは2回から4回まで無得点、5回表終了10対0でコールドでした。実に効率のいい試合でした。

上の試合は4月中旬ですが、暑くなり始めの今の時期こそ熱中症を警戒すべきです。打者70人なら、1人1分としても1時間以上守っています。炎天下だったかどうかは知りませんが、熊谷が夏に行きたい球場ではないのは誰もが認めることでしょう。試合放棄は賢明な判断です。

まあ、そんなにムキにならなくてもいいのにとも思いますが、それ以前に部員2人ならキャッチボールしかできません。守備はザルどころの話ではないでしょう。失策より四球と野選と盗塁が多い試合だったのだろうと想像します。

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