大学選手権と神宮大会の通算成績で勝ち越しているチームを貯金順に並べてみました。実感に近いと思われます。貯金=勝-敗 大学名(春の優勝回数+秋の優勝回数/春の出場回数+夏の出場回数)です。
46=64-18 駒沢大(6+4/14+13) 45=69-24 法政大(7+3/19+14) 35=44-09 亜細亜大(4+3/9+7) 32=76-44 東海大(3+3/31+18) 28=42-14 明治大(5+4/15+8) 24=42-18 早稲田大(3+0/12+9) 23=55-32 近畿大(4+2/26+12) 22=31-09 慶応大(3+3/7+8) 21=65-44 東北福祉大(2+0/25+21) 18=29-11 関西大(2+1/11+3) 18=25-07 青山学院大(4+0/5+6) 16=22-06 中央大(3+1/6+4) 16=25-09 東洋大(2+1/7+5) 13=25-08 日本大(2+1/8+3) 10=14-04 立教大(3+0/4+3) 08=17-09 同志社大(0+2/4+7) 08=16-08 専修大(1+0/7+2) 07=24-17 九州共立大(0+1/12+6) 06=21-15 東亜大(0+3/8+10) 06=14-08 大阪商業大(0+0/6+2) 05=28-23 中京大(1+0/16+8) 05=22-17 日本体育大(0+1/7+11) 03=05-02 日本文理大(1+0/3+0) 01=08-07 八戸大(0+0/5+2) 01=06-05 関西学院大(0+0/5+0) 01=04-03 筑波大(0+1/1+3) 01=02-01 中部大(0+0/1+0)
東都有力校の春秋通算勝率は、駒大.780、亜大.830、青学.781、日大.758、中大.786です。東洋大は去年の春までは19勝9敗で.679でした。7連勝で.735まで引き上げてきたわけですが、7割台後半の“東都標準”にはもう一息です。
このエントリーは「神宮大会チーム別通算成績」のページに連動します。春秋通算の成績はこちらのページに記載しているからです。
神宮大会が始まった1970年以降の大学選手権と神宮大会の優勝校は次のとおりです。秋春連覇は今回の東洋大で4校目ですが、3季連続となると97年春から98年春の近大しかありません。微妙なのが88年春から89年秋の近大です。88年秋の神宮大会が中止になったばかりに4季連続を逃しました。
1970 中京大 東海大 1971 亜細亜大 日本大 1972☆関西大 ☆関西大 1973 中央大 駒沢大 1974 早稲田大 中央大 1975 駒沢大 明治大 1976 東海大 法政大 1977 駒沢大 法政大 1978 明治大 同志社大 1979 中央大 ★明治大 1980★明治大 日本体育大 1981 明治大 法政大 1982 法政大 東海大 1983 駒沢大 東海大 1984 法政大 駒沢大 1985 法政大 慶応大 1986 東洋大 愛知工業大 1987 慶応大 筑波大 1988 近畿大 (中止) 1989☆近畿大 ☆近畿大 1990 亜細亜大 同志社大 1991 東北福祉大 愛知学院大 1992 駒沢大 慶応大 1993 青山学院大★駒沢大 1994★駒沢大 東亜大 1995 法政大 明治大 1996 青山学院大 明治大 1997☆近畿大 ☆★近畿大 1998★近畿大 亜細亜大 1999 青山学院大 九州共立大 2000 亜細亜大 慶応大 2001 東海大 駒沢大 2002☆亜細亜大 ☆亜細亜大 2003 日本文理大 東亜大 2004 東北福祉大 東亜大 2005 青山学院大 九州産業大 2006 大阪体育大 亜細亜大 2007 早稲田大 ★東洋大 2008★東洋大
このエントリーは「大学選手権チーム別通算成績(西)」と連動します。
- 50-29 ★東海大
- 48-23 ★東北福祉大
- 46-13 法政大
- 42-09 駒沢大
- 42-22 ★近畿大
- 30-26 関東学院大
- 29-05 亜細亜大
- 29-10 ★明治大
- 28-09 早稲田大
- 24-15 中京大
- 24-23 ★神奈川大
- 21-09 関西大
- 20-06 日本大
- 19-01 青山学院大
- 19-12 九州共立大
- 18-04 慶応大
- 18-16 創価大
- 17-03 中央大
- 17-05 ★東洋大
- 14-06 専修大
- 14-13 立命館大
- 12-11 大阪体育大
- 11-06 大阪商業大
- 10-09 ★上武大
- 09-01 立教大
- 09-07 日本体育大
- 07-04 同志社大
- 07-05 八戸大
- 06-05 関西学院大
- 05-02 ★日本文理大
- 02-01 ★中部大
このエントリーは「大学選手権チーム別通算成績(東)」と連動します。
道都大が札幌学生リーグを制して、大学選手権出場を決めたようです。
http://www.nikkansports.com/baseball/amateur/news/f-bb-tp3-20080526-364693.html道都大が北大を7回コールドで下し7勝2敗1分けでリーグ戦終了。7勝3敗の北翔大を上回り、2リーグ制後初の優勝を手にした。3回に北大投手陣の制球の乱れから4連続押し出しによる棚ぼたの4点をゲット。6回にも押し出しなどで5点を加えた。守っては2投手の継投で2失点に抑えた。道都大は昨秋に続き2季連続リーグ制覇も達成。
山本文博監督(52)は「初の神宮。うれしいですね」と涙をふいた。道都大は6月10日から始まる全日本大学選手権(神宮ほか)に出場する。
[2008年5月26日18時16分]
不思議な記事です。「昨秋に続き2季連続リーグ制覇」なのに「2リーグ制後初の優勝」とはどういうことでしょう?
まあ、“2リーグ制”とは、1991年に札幌連盟と北海道連盟ができてからのことを指しているのでしょう。91年以降、春は初優勝との意味なのかもしれません。ちなみに、今の道都大は札幌連盟ですが、「道都大」は北海道連盟で(春に)優勝したことがあります。
「道都大」は紋別キャンパス時代の84年、88年、94年の都合3回大学選手権に出場しています。札幌キャンパスの旧「北海道産業短大」は71年に大学選手権に出場しています。現・道都大としては今回が初出場です。おそらく合算されて5回目の出場ということになるのでしょう。
東海大翔洋高は東海大一高と東海大工高が統合したわけですが、道都大の場合はそれほどシンプルではありません。道都大の紋別キャンパスは札幌キャンパスに統合されましたが、もともと「道都大」を名乗っていたのは紋別であり、札幌は「道都短大」でした(まあ、統合されたときは、「道都大紋別校」と「道都大札幌校」でしたけど…)。
現在、「大学選手権チーム別通算成績(東)」のページに掲げている次の記述は、今年限りで削除できるかもしれません(ここに移すだけ?)。
【道都大について】
03~07年の大学選手権パンフ中「出場校一覧」のページには、「大学名変更」として次のような記載があります(03年のパンフを見て、私は道都大本部に照会しました)。
現:道都大札幌校 旧:道都大 旧:北海道産業短期大
同校の沿革と野球部の大学選手権・神宮大会出場状況は次のとおりです。
- 1966年 北海道産業短期大学設立=札幌キャンパス
- 1971年 北海道産業短大が大学選手権と神宮大会に初出場
- 1974年 北海道産業短大が神宮大会に2度目の出場
- 1976年 北海道産業短期大学が道都短期大学に改称
- 1978年 道都大学開学(社会福祉学部、美術学部)=紋別キャンパス
- 1984年 道都大が大学選手権初出場
- 1988年 道都大が大学選手権に2度目の出場
- 1990年(12月)北海道学生野球連盟と札幌学生野球連盟創立。道都大が北海道連盟、道都短大は札幌連盟所属。
- 1991年 道都短期大学が道都大学短期大学部と改称
- 1994年 道都大が大学選手権に3度目の出場
- 1995年 大学選手権の出場枠が北海道2校に増枠
- 1996年 道都大美術学部が札幌キャンパスに移転
- 2005年 道都大学社会福祉学部が札幌キャンパスに移転
05年のキャンパス統合により、北海道学生野球連盟に所属していた「道都大」硬式野球部も、札幌学生野球連盟所属の「道都大札幌校」に統合され、春季リーグ戦は「道都大」として札幌学生野球連盟2部リーグで優勝しました。つまり、04年までの「道都大」は北海道連盟であり、05年以降の「道都大」は札幌連盟になります。要するに、
★紋別(北海道連盟) 道都大→道都大紋別校→(消滅)
★札幌(札幌連盟) 北海道産業短大→道都短大→道都大短大部→道都大札幌校→道都大
という変遷になるわけです。03年時点の道都大札幌校とは、旧・道都大ではなく、旧・道都短大であり、旧・北海道産業短大です。ましてや、05年以降は「現:道都大札幌校」など存在しません。ただの「道都大」です。
当サイトにおける連盟別勝敗は、紋別キャンパス時代に出場した3回は「北海道」連盟でカウントし(3回のうち2回は現連盟発足前の出場です)、統合された05年以降は北海道産業短大→道都短大→道都大短大部→道都大札幌校からの継承という形で処理してあります。
5年に渡ってトンチンカンな「大学名変更」を掲げてきた大学野球連盟さんが出場回数をどう処理しようと、「セットポジション」では紋別キャンパスで出場した3回は北海道連盟、北海道産業短大時代の1回と今回は札幌連盟でカウントします。
ところで、昨年も指摘したことですが、今年も2日目ドーム第4試合の勝者が3日目第1試合を戦う組み合わせになっています(去年は結局、3日目のドーム第4試合に組み入れられました)。3日目の神宮第1試合とドーム第3試合を入れ替えるだけで済むと思うのですが、どうやらこの団体は学習能力を持たないようです。
外部リンク
■道都大学紋別キャンパスの思い出_はまなす(新館)
■全日本大学野球連盟>第57回全日本大学野球選手権大会トーナメント表
関連ページ
→「3代目んだ」(07年大学選手権)
1990年代中盤のことです。東京六大学と東都ではどっちが強いかという話題がありました。実際に両方とも見ていれば一目瞭然のことであって、東都に決まっています。「セットポジション」に両者を比較するようなコンテンツが目につくのは、私が(当時から)東都優位論者だからです。
私のなかでのバランス感覚として、「今はたしかに東都のほうが強い。だからと言って、東都が東京六大学を超えたなどと軽々しく言うのはいかがなものか」という気分でつくったのが「東都が六大学を超えるとき」のページでした。
1936年、日本のプロ野球リーグ戦は7チームで創設されました。7人の監督は、早大OBが3人、明大OBが2人、慶大OBが2人です。1993年には、12球団の監督のうち大学野球経験者は8人いました。早大OBがタイガース中村、マリーンズ八木沢、ベイスターズ近藤、法大OBがカープ山本、ホークス根本、立大OBがブルーウェーブ土井、ジャイアンツ長島、ファイターズ大沢の8人です。
プロ野球監督の数だけで言えば、東都が東京六大学を超えたのは2007年の1度だけです。六大学が岡田監督1人で、東都は大矢監督と東洋大中退の落合監督の2人でした。今後は両者ほとんどイーブンで推移することになりそうですが、分散化がますます進むことでしょう。
実は3年ほど放ったらかしにしていたページですが、昨年末からリニューアルに着手していました。今回新たに「監督候補」のリストを加えてみました。
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