JOCのWebサイトには次のような記述があります。
http://www.joc.or.jp/sports/baseball.htmlオリンピックでの野球は、1904年の第3回セントルイス大会から8回、デモンストレーション・スポーツとして試合がありました
これに対して、「Wikipedia」の記述は次のとおりです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/野球競技_(夏季オリンピック)夏季オリンピックにおける野球競技は、1912年のストックホルムオリンピックで公開競技として初めて実施された。
さて、真実はいかに? まあ、JOCさんがセントルイスをカウントしている以上、“百科事典”としてはこれを無視できないだろうと思えますが…。
1964年東京オリンピックの開会式は旧「体育の日」の10月10日です。当日の夜、甲子園球場では日本シリーズ第7戦がおこなわれています。JOCのサイトによれば、東京五輪の野球競技に日本は参加していないようですが、それならどことどこがやったのかという疑問も生じてきます。
「タイブレーク記録処理に異議あり!」のページ中、都市対抗最長延長戦について、誤りのご指摘をいただきました。とりあえず指摘されたとおりに訂正しましたが、資料が散逸しており、私自身でソース確認できませんので、後日(たぶん正月明けになりますが…)図書館で縮刷版を当たりたいと思います。確認後、このエントリーは「社会人野球」のカテゴリーに回します。
訂正箇所は次のとおりです。
- 62/07/29 2日目→62/07/30 3日目
- 永易の四死球数3→11
えーと、けっして今回のご指摘が信頼できないと言いたいのではありません(むしろ「3日目」は信憑性が高いと思われます)が、AさんからBだと言われ、CさんからDだと言われ、そのたびに従っていると、私は右往左往することになってしまいます。最後は自分で確認するしかないわけです。どうぞ、そのような事情をご理解ください。
誤解を恐れずに言えば、日付などどうでもいいことです。が、四死球数の「3」がどこから出てきたのか、これは厳しく検証する必要があります。3四死球と11四死球では大変な違いです。タッチミスということはあり得ません。
なお、私は「あら探し」大歓迎です。こんなにありがたいことはありません。
誤りのご指摘をいただいた「優勝決定再々リーグ戦」のページを更新しました。前回更新が05年春でしたので、5季分を反映させたことになります。06年秋に亜大が「勝ち点3で優勝」していますが、勝ち点3の優勝は東都史上6回目であり、亜大は3回目になります。
07年の東都は東洋大の春秋連覇でしたが、いずれも「10勝4敗で勝ち点5」というレアなものでした。惜しかったのは春です。東洋大は、第2週の専大戦、第3週の亜大戦、第5週の駒大戦、第6週の青学戦をすべて2勝1敗で終えています。
もし第7週の国学戦が2勝1敗なら、東都史上初の「5敗して完全優勝」だったのですが連勝しました。ただし、2回戦は8回終了で1点のビハインドを背負いながら、9回逆転勝ちです。
07/05/23
東洋001 000 002=3
国学000 010 100=2
決勝点は、満塁からのボークだったようです。「5敗して完全優勝」は、おそらくほかのリーグでもないはずですが、確認したことはありません。と言うより、優勝チームが下位チームに連勝できないことが起こり得るのは東都しかないだろうと思われます。とはいえ、もしかするとあるかもしれません。ないことの証明は困難です。もしご存知の方はご教示いただけると幸いです。
このエントリーは、とりあえず「図書館に行け!」のカテゴリーに入れておきます。『七十年史』では、1958年の3校プレイオフで11/12の日大4番手投手は 「小林重」、11/19の日大3番手投手は 「小林」 となっていましたので、同一投手かどうか縮刷版で確認したいと思いますが、その後は「大学野球」ではなく「指名手配中」のカテゴリーにおさめます。
「殿堂」の「若松」のページは、本文が少なかったこともあって、数次にわたる加筆の結果、ビデオ判定を論じるページになってしまいました。自分でも具合が悪いと思っていましたので、本日付で分割しました。
従来のファイルは /wakamatu.html ですが、これを継承して「ビデオ判定を考える」のページとしました。実際には、このファイルは00年にUPしたわけですが、作成日付は「07/11/06分割」としました。
新しい「若松」のページは新規に起こしたファイル(/denndou02wakamatu.html)ですが、作成日付は旧「若松」の00/08/19を使っています。ややこしいことになってしまったのは、内部リンクの関係があるからです。まあ、外部リンクもありますけど…。
このエントリーは、新「若松」と連動させます。「ビデオ判定」については「2代目んだ」から移転させました。
で、本当はよろしくないのでしょうが、YouTubeに山森のスーパーキャッチの映像があります。
http://jp.youtube.com/watch?v=Bv2nO7QHwCs
1つ目は本家「殿堂」入りのプレイです。ラッキーゾーンのフェンス上でバランスをとりながら捕球しているのですから、「恐れ入りました」の一言です。81年9月16日西宮球場のオリオンズ戦であり、投手が山田で打者は弘田です。
2つ目は(当時の)グリーンスタジアム神戸のファイターズ戦と思われますが、年月日とか相手打者とか、断片的な情報で構いませんので、どなたかご存知ではないでしょうか? 私が見た若松のスーパープレイはちょうどこんな感じでした。ラバーフェンスに登って、金網にもたれかかるようにして捕球したのです。ただし、山森とは違って、こちら向きでした。
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